自分一人からのコンミューン
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「くつろいでいなさい。起こるべきことはひとりでに起こる」

 くつろぎすぎた人生の終わりに、振り返ってもただ風が吹くばかりの半生に、それでいいんだよ、と声かけられて、ありがとうございます、ほんとうに、やっと、そう思えるようになりました、今、老仁は納得することができたのでした。老仁はそれでHAPPYですけれど、悔しいことには、このHAPPYを、まだ、生徒達に伝える力がないんです。これはやっぱり、悔しいですね・・・。「あっ、仁だぁ」、遠くで見かけても、そう声を発してくれる生徒たちがいます。その時の生徒の表情は瞬間ほっと解放されるのを感じます。その「あっ、仁だぁ」の声に出会えるときが老仁の至福の時です。仁がくつろいでいないと生徒達にくつろぎを開示することはできません。いつも元気印の老仁でいます。
 「起こるべきことはひとりで起こる」・・・厳しい生活現実と出会いの欠如の中で、生徒達に起こることは生徒達には辛すぎるほどです。けれど、「くつろいでいなさい」、くつろいで受け容れなさい、雨は長くは降らないんだよ、台風だって通り過ぎていくんだよ、ひとりでつらいから、仁が傍にいてやるよ、愚痴こぼしていいよ、泣いていいよ、また笑えるときが来るよ、・・・今のつらさを通り過ぎることができればそれだけで笑顔が戻ってくるんだよ・・・。友達どうしでそうサポートし合えるような関係を創りだしていければいいなぁと願っています。そんな風に友達どうしをつないでいきたいと思っています。 こんなこころだけは愚仁にも持てるんです。こんなこころを持つのに力はいりませんよね。かって力を求めてきました。力がないことを嘆いてきました。今、力がないから、こんなにくつろいでいられる自分を知り始めています。力がないから、力のない人の傍に入れる自分を感じ始めています。何が起こったって、今まで生きてきたんだから、これからも生きていける。もう、どんな今でも受け容れることができるよね、そう自分に言い聞かせることだって冗談交じりにいえるんです。人は誰も信じてくれなくてもそういって笑えるようになってきているかな・・・。木乃実さんの息吹と言葉さん達に出会って、ほんとにくつろいでしまっている廃仁がいます。ばかみたいにHAPPYです・・・。   
 | 2005-02-13 09:52:04 | 日記風に | コメント : 0 | トラックバック : 0 | 「くつろいでいなさい。起こるべきことはひとりでに起こる」

「幸福は追求されるものではなく、みずからの存在にくつろぐことで発見される」

 木乃実さんとのBLOG交心をまとめてみました。
 木乃実さんが『片想い礼賛』というページを作ってまとめてくださった心の熱さが老仁に大きな時空を幻想させてくれたのでした。今年の抱負で、「一日一感動」、仁も日記を書くからね、と小3の希世と遊んで、約束しました(『クリスマスプレゼント』 )。日記をつけるよ、の約束を守らせるように、仁はBLOGという存在を知ってのめり込んでいくのでした。BLOGサーフィンがワクワクランドへ案内してくれるんです。もう何もかもが珍しくて、そして新鮮。素晴らしい人たちとの巡り会い。幻想が幻視に発展していくのが廃仁の病。もう病膏肓に入ってしまって、ついに≪自分一人からのコンミューン≫を宣言してしまったのでした。
 そして、木乃実さんとの巡り合わせがあって、タオにつながれて、共振・共鳴が仁の中で起こり、こころがくつろいで、そして熱くなり、木乃実さんの迷惑も考えず木乃実さんにラブコールを送り、幻想時空を彷徨しはじめました。
 けれど、これは、老仁には、まだ、幻想時空ですけれど、いつか、今とここにありながら、今とここを超えた時空として、しかもリアリティをもった時空として、創出できるし、事実存在している時空だと信じています。その時空を生きている人たちの物語やメッセージを木乃実さんから受信することができて、愚仁でも、ひょっとするとこのつながりの中に入っていけるんではないかなぁ、と楽天的な予感を持ってしまったのでした。無能、無才、怠学仁で、非行動的な仁では誰も仲間に入れてくれるとは思えませんけれど、「叩け、しからば開かれん」、土足で人の心を叩きはじめたのでした。その土足の縄文仁の不作法も顧みず、大いなる寛大さで受容していただいた木乃実さんが存在し、今もまだ、受容していただいていることに、奇蹟を感じているほどです。「起こるべきことはひとりでに起こる」ということの事実性として信じたいと思っています。人間って素晴らしいなぁ、と今更ながら思うようになれたのです。
 そして、欲を出して、≪自分一人からのコンミューン≫をやっぱり具現化したいと念じはじめました。1%の閃きですが、実現の夢が膨らんでいます。ただ、99パーセントの発汗が、どうも怠仁に実行できないことなんでしょうけれど・・・。<仁さんには、ぜひ、セドナの旅に行ってもらいたいなあ。きっと、魂ごと生まれ変わっちゃうと思いますよ。>・・・憧れてしまいますけれど、仁には無縁の世界のようです。木乃実さんの心をもらって、『セドナの旅』を体感します。愚仁には感受できないメッセージを木乃実さんに啓示してもらったほうが一層『セドナの旅』の本質に触れることができるのかもしれません。ここでもシンクロニティの法則が生きているのをやはり信じることができますから。一生ベッドの中にいても『セドナの旅』を体験できるTAOの世界がTAOの人たちによって伝えられていくでしょうから・・・。
 ≪自分一人からのコンミューン≫の世界の終着駅が幻想できてきました。≪自分一人からのコンミューン≫というのは死に際のベッドの中で、たとえば『セドナの旅』をしている自分を感じ、HAPPYな気分でいることのできるこころの領野なんだろうと思います。
 <「幸福は追求されるものではなく、みずからの存在にくつろぐことで発見される」>
 そんなくつろぎの世界を発見し、創造し、生きていけるようになりたいですね・・・。

片想い礼賛

 ある日、こんなコメントをもらった。

 はじめまして、青柳仁といいます。
 『セドナの旅』読ませていただきました。ネイティブアメリカンのことも知らなかったので強い関心を持ちました。世界が一つ開けた気がしてHAPPYです。「愛」についての木乃実さんの気づきの文章も深いところで納得できるものを見いだせそうな気がしました。仁は教員をしていますけれど、中高生の恋愛や性のありようについて何か道しるべになるものはないかと考え、BLOGを通して、探しています。『愛って何?』のテーマでさまざまな愛の有り様を提起していきたいと思っています。
 木乃実さんの『愛するということ』を「引用」「転載」させてほしいのですけれど、お許しいただければHAPPYです。『片想い礼賛』というBLOGをとおしてネットワークを作り上げていけたらと考えています。

 学校の先生が、中高生のために恋愛について真摯に考えている!なんだか、うれしくなった。すぐに返事を書いた。

 仁さん はじめまして。コメントありがとうございます。
 恋愛について真面目に考えている、こんな素敵な先生がいることを知って私もHAPPYです。ぜひ、「引用」「転載」してください。
 それから、早速、仁さんのBLOGに飛んで、コメントを残した。

 仁さん、はじめまして。
 コメントありがとうございました。早速、お邪魔しました。
 「引用」「転載」の件、快くお受けします。
 愛することは、傷つくことでもありますよね。身を削る愛は、自分を消耗させ、相手も消耗させてしまう。それでも、深く、深く人を愛する経験は、自分の内面を深く、深く耕してくれます。私からは、「恐れず、愛せよ!」と十代の皆さんにはエールを送りたいです。
 ところで、私のブログにも、リンクを張らせていただきました。
 また、遊びに来ますね!

 その翌日、「片想い礼賛」に「セドナの旅」で書いた文章が掲載された。

 http://www.medianetjapan.com/2/20/meeting/hikari7/katao/katao0me.htm

 なんだか、感動した。
 ブログを始めて、2ヶ月とちょっと。こんな風に自分の書いた文章が広がっていくことが、素直にうれしい。ひととのつながりが、どんどん、できあがっていくのが、うれしい。

 恋愛からしばし遠ざかっていたけれど、人を好きになることの喜びと苦しみをひさしぶりに思い出した。
 人を好きになるっていい。それは、心が動いているということだもの。心が柔かくなかったら、人を好きになることなんてできない。人を好きになるということは、自分の感情に向き合うということでもある。弱さ、醜さ、未熟さ、おおらかさ、優しさ、思いやり。いろんな感情を自分が持っていたということに気づいて、驚くことでもある。でも、それが、「生きる」ってことなんだな、きっと。

 仁さん、恋することの素晴らしさを思い出させてくれてありがとう。

 みんな!人を好きになろう!! って、なんか、叫びたい気分♪

 050211 11:33 | 固定リンク | コメント (4) | トラックバック (0) | この記事を引用 | エッセイ・人
片想い礼賛 050211 菊池木乃実の日々より
求めよ、求めよ、求めよ

 「共時性」を旅していました。生徒の声に応えたくて、仁一人の力では応えられなくて、生徒の声に応えられる人の心のエネルギーをもらいに行きました。たくさんの人たちの心に出逢い、たくさんの人たちの心のエネルギーをもらうことができました。今、この世界の、あちらこちらで、見ず知らずの人たちと、求めれば、心を交わすことができる、今、心が通じ合っている、あるいは呼び合っている、そう信じることができるのを実感しています。求めよ、しからば与えられん。求めることが基本なんだとわかりつつあります。求める力が蘇れば、人は一人じゃない、つながって生きていけるんだ。人は一人じゃない、サポートし合っているんだ。人は一人じゃない、求めることが人の心に愛のエネルギーを想起させることなんだ、という体感を持ち始めました。この体感はとても居心地がよくて、HAPPYです。このHAPPYがほしくなれば、求めればいい、・・・そんな単純な愛の法則を発見できそうな気がしています。
 木乃実さんの心のエネルギーをもらって、もっとほしがったら、ネイティブアメリカンの世界に導かれていきました。ロックを見ただけでなにやら大きなエネルギーに包囲されてしまいます。このエネルギーさえもらえるかもしれないと感じてしまいます。
 <何気なく開いた本のページに、探していた言葉を見つけて、はっとすることがある。ほしいと思っていたものが、翌日に手に入って驚くことがある。行きたいと思っていた場所を思い浮かべた数日後に、そこに誘われて驚くこともある。宇宙はいつでも私を驚かし、私を喜ばせ、私を見るべきものへ、行くべき場所へ、会うべき人へと導いてくれる。さて、今日、私が出会ったのは、ひさしぶりに開いたネイティブ・アメリカンの教えの本。読んで、心がすっきり晴れた。この本には、混乱したエネルギーをひとつにまとめる力がある。・・・>
 「共時性」の入り口に立っているのを感じます。いつでも出入り自由な入り口が世界にも人の心にもあるんだということを感じます。仁の身辺りにもそんな入り口があったんでしょうね・・・。仁の海馬がおかしいんですけれど、もう一度たどり直せば、出会い直しができるかもしれません。タオのプーさんのすすめで注文していた『海馬 脳は疲れない』と『タオ』が届きましたので、入り口がまた増えました。読みこなしきれないのが現実ですが・・・。牛歩で読んでいきます。
 木乃実さんの『タオ(老子)』の世界ももっと遊ばせてほしいと思っています。
 無知はHAPPYですね。一つ知ると一つ新しい世界が開ける。一つの心に触れるとまた新しい世界が開けていく。その世界も仁はまた忘れてしまって、無知に逆戻りしてしまうんですけれど、・・・世界は常に新鮮です。
求めよ、求めよ、求めよ パラダイムレボリューション / 2005-02-12 09:41:59
 
 コメント Unknown (konomi) 2005-02-12 11:03:34
 
 仁さん
 リンクありがとうございます!過去の記事についても、たくさんコメントありがとうございました。お返事書いておきましたので、読んでくださいね。
 仁さんには、ぜひ、セドナの旅に行ってもらいたいなあ。きっと、魂ごと生まれ変わっちゃうと思いますよ。

 仁さん

 「命はあなたを愛している」のリンク、ありがとうございます。
 この詩は加島祥造先生の詩なのですが、私自身もこの詩に救われています。

 1月21日の「いつも『自分』でいること」の欄にも書きましたが、加島先生は私の大学のときの恩師なんです。卒業後10年以上たってから偶然、本屋さんで先生のタオの本に出会い、それから、この世界の心地よさにはまりました。
 「偶然」と書きましたが、本当は「偶然」なんてないんですよね。すべてが「必然」で、「ありがたい巡り合わせ」なのだと思っています。
 私自身も教師の娘であり、教員学部出身なので(教員にはなりませんでしたが)、仁さんとも「ありがたい巡り合わせ」のなかで出会っているんだなあと感謝しています。
 これからも、よろしくお付き合いください。
 投稿者 konomi - 2月12日 9:24

 次々訪問してすみません。ともかくびっくりするほどエネルギーもらっている乃感じます。
 ビッグベアさんの「空間的把握」スゴク納得。それやってきたような気もします。仁のタオとの出会いはパグワンディッシュさんの『永遠の大河』でしたけれど、共振しています。嬉しくなりました。
 一人ひとりの世界がつながり合っていて、共鳴・共振していて、その波動の中にいると、一人でいてもHAPPYだと体感できるんだよ、ということを信じることができました。

投稿者 青柳仁 (http://blog.goo.ne.jp/syo2377/e/7ce196ae92b54...) - 2月12日 10:11

 仁さん

 よかったです!そんなにエネルギーチャージできて!
 私もタオの老子やネイティブアメリカン、木を植えながら地球を歩いているポール・コールマンさん、オーロラの写真をカナダで撮り続けている坂本昇久さん、版画を刷り続けている東京典子さん、世界中で火をおこしている大西琢也さんなど、このブログに登場している人々に大きなエネルギーをもらっています。
 一人ひとりの世界がつながり合っていて、共鳴・共振していて、その波動の中にいると、一人でいてもHAPPYだと体感できるんだよ。
 これ、そのとおりです。
 私たちは、「ひとり」で、「みんなとつながっている」存在なのです。

 投稿者 konomi - 2月12日 10:52

 仁さん
 「幸福は追求されるものではなく、みずからの存在にくつろぐことで発見される」
 「くつろいでいなさい。起こるべきことはひとりでに起こる」

 これは、OSHOという宗教家の言葉です。私がこの言葉に出会って、「自分という存在にくつろぎたい」「リラックスして自分自身とうまく生きていきたい」と思ったのは、つい半年前のことです。
 それまで、「みずからの存在にくつろぐ」ということを知りませんでした。
 これからの子供たちには、「みずからの存在にくつろぐ」ということが大切だという気がします。私たち大人は、彼らがくつろげる社会を作ってあげたいですね。

 投稿者 konomi - 2月12日 10:58
つながってます

 つながってます

 最近、なにかが、着々とつながってます。
 目に見えないところで、桜の蕾がふくらんでいるように、何かが芽を出し伸びています。
 なんだろう。
 なんだかわからないけれど、それは「あったかいもの」「うれしいもの」「きもちいいもの」であることは確かです。うふふ。たのしみだな。なにがおこるんだろう。。。
 そうそう、そのつながりの、わっかの中で、なんと、このブログから本が誕生することになりました。
 おめでとー!!パンパカパ〜ン!!
 それは、木を植える人 ポール・コールマンさんの本です。
 ある日、友だちに誘われてポールさんの講演会を聞きに行き、「すごい、ぶっとんだ人がいる!」と感動してこのブログに書きました。すると、そのブログを読んだ編集者の方が、「すごい!このぶっとんだ人の本を作ろう!」って、あっという間に決まってしまいました。実はこの編集者の方、「ブログを作ってみたら?」と、私に勧めてくれた人だったんです。
 ありがたいです。本当に、ひとのつながりに感謝です。がんばって、完成させます!!
 本屋さんに並ぶ日にちが決まったら、みなさんにお知らせしますね。

 というわけで、しばらくは「祝・出版!木を植える人 ポール・コールマン特集!」です。

 050212 11:21 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0) | この記事を引用 | 木を植える人

 木乃実さん、心をつないでいただいて感激です。
 心のエネルギーの大きい人に出会うとほんとうに勇気が出ます。心が熱くなって、もっと、もっと、と叫び出しそうです。
 また、お願いですけれど、『命はあなたを愛している』を『リストカット』にリンクさせていただきました。伝えたい心のエネルギーです。よろしくお願いします。
 たくさんの人が木乃実さんの心のエネルギーを分かち合えるようになればいいなぁと願っています。

投稿者 青柳仁 (http://rojin77.web.infoseek.co.jp/sozo3/sanka...) - 2月12日 0:14

空間的にとらえる〜ネイティブ・アメリカンの教え
空間的にとらえる〜ネイティブ・アメリカンの教え 050210

 何気なく開いた本のページに、探していた言葉を見つけて、はっとすることがある。ほしいと思っていたものが、翌日に手に入って驚くことがある。行きたいと思っていた場所を思い浮かべた数日後に、そこに誘われて驚くこともある。宇宙はいつでも私を驚かし、私を喜ばせ、私を見るべきものへ、行くべき場所へ、会うべき人へと導いてくれる。さて、今日、私が出会ったのは、ひさしぶりに開いたネイティブ・アメリカンの教えの本。読んで、心がすっきり晴れた。この本には、混乱したエネルギーをひとつにまとめる力がある。

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 P108

 物事のとらえ方には、「直線的」と「空間的」の二つのやり方がある。
 どちらが良いとか、悪いとかではない。
 「直線的」とらえ方では、まず一つの部分を取り上げ、全体が見えるまで次々に部分を積み上げていく。「空間的」とらえ方では、初めに全体をとらえ、次に、全体を作った部分を一つ一つを見る。たとえば、こんなことがあった。ビッグ・ベア(ネイティブ・アメリカンのシャーマン)が、あるセンターでワークショップを開いていたとき、腕のいいコックがセンターを去ることになり、最終日に送別会が開かれた。送別会では、グループの一人が代表して、彼の料理の腕の良さについて彼を褒め、感謝した。
 これは、「直線的」とらえ方だ、とビッグ・ベアは言う。コックには家族がある。家族の中から彼だけを取り出して褒めるのは、部分的であって、全体的とらえ方ではない。
 そこで、ビッグ・ベアはすぐにこう付け加えた。「たしかに、彼の料理は素晴らしい。だが、彼が愛をこめて料理を作れるのは愛のある家庭があるからだ。彼を支える奥さんや子どもたちがいるからだ。このキッチンにいなくても、彼の家族はここにいて愛をこめて彼と一緒に料理を作っているのと同じだ。彼の料理への愛は、彼の家庭から湧き出ているのだ」
 これが「空間的」とらえ方だとビッグ・ベアは言う。。全体を見るという方法だ。誰か一人だけを見るのではなく、その人の家族までも思いに入れるということだ。そこにいる人は、いつも誰かとつながっている。全体の一部なのだと思いを馳せるということだ。
 たとえば、こんなこともある。
 ビッグ・ベアの甥、ロバートが酒を飲みすぎているので、注意したいと思ったとする。そういう場合は、ロバートがいる席で、ビッグ・ベアはもう一人の甥、ウォルターにこう話しかける。
 「ウォルター、もし、お前が落ち込んで酒を飲まずにいられないような気分になったら、考え直すようにしておくれ。私の知っている人が、仕事のストレスで飲みすぎて毎晩飲むようになり、ついには、朝から晩まで飲むようになって、奥さんは子どもを連れて実家に帰ってしまい、職を失い、ひとりぼっちになってしまった。彼はとても気の毒なんだ。後悔しても後の祭りだ。だから、酒で気を紛らわしたいと思って深酒をしそうなときには、私が言ったことを思い出しておくれ」
 ネイティブ・アメリカンの礼儀では、年長者の言葉に質問を投げかけてはいけない。この場合、だから、ウォルターは、「その人とは誰ですか?」「なぜ、私にそんな話をするのですか?」などとは聞かず、じっと、ビッグ・ベアの話に耳を傾けることになる。
 すると、その話を聞いていたロバートは、こう思う。「うわあ、俺はそんなにひどいことをしていたのか。今度からは気をつけよう」
 これが、彼らのやり方である。直接、「直線的」にロバートに注意はしない。ロバートを傷つけ、怒らせることは何の役にも立たないからだ。そこで、「空間的」にロバート以外の場所でメッセージを伝える。それをロバートが感じ取り、全体の話からエッセンスを取り出せばそれでいい。
 なんという、精妙な生き方だろう。私たちは一人一人が切り離されているのではなく、空間のなかでお互いがつながっている。自分の発した言葉の精妙なエネルギーは、空間の海に起こるさざ波のように誰かの元に届くのだと信じられている。空間の海に生きる人は、愛に基づいて生きているのだと思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 しばらくは、「空間的」に物事をとらえられるよう、そこにある広がりに思いを馳せてみよう。
 空間の海を通して伝わる、自分の言葉、自分の行動に愛をこめてみよう。

 "The Wind Is My Mother"by Molly Larkin, Barkley Books, New York より引用して和訳。
愛するということ ☆ 『菊池木乃実の日々』より
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